「うらやましい」という無責任

自分が何も持っていない人間だということを知ってしまって、どうして良いのか分からなくて、思い描いていた理想を一つも実現できていないことを実感した時、どうしても思ってしまうんです。

「あの人がうらやましい」って。

 

同世代の成功しているように見える人とか、自分のやりたいことが明確な人とかに対して「自分もあんな風ならば」と。

 

頭では分かっているんです。

その人にはその人なりの苦労や努力があって、その地位を築いているということ。

 

その苦労や努力を知らない私が、いいところだけをみて「うらやましい」って、とても無責任だと思います。

 

そして「うらやましい」とか思いながら、真似しようとも動き出そうともしないのであれば、それは「うらやましい」と思うことすら無駄です。

その人に失礼ですらあります。

情けないです。

 

ただ、私が最近「うらやましい」と思う人の共通点は「自分のことをよく分かっている人」だということが分かってきました。

 

自分をよく知っている人は周りに流されないし、やることとやらないことが明確です。

だから、すごく強く、そして眩しく見えます。

そこに至るまでに、よく考えたんだろうなと思います。

私は、そういった人より考える量が劣っていたんだと思います。

考えてみれば当たり前ですよね。

考える努力を怠ってきたから自分がわからないなんて。

 

「うらやましい」という気持ちがおかしな方向に向かうと、人は卑屈になったり攻撃的になったりしてしまうような気がします。

自分の指針を見失わず生きるのって難しいんですね。

 

しかし、そんな私でも「あの人がうらやましい」という無責任な感想を持ちながら生きていくのが嫌だということは分かります。

「私の指針」作りたいです。