産まない私は後悔するのだろうか

子供がほしくないという話をすると絶対言われるコレ。

 

「老後さみしいよ」

「産まないと後悔するよ」

 

これ、悪質だと思うんですよね。

 

老後のさみしさを埋めるために人は子供を産むのでしょうか。

そして、子供を産んだら絶対にさみしくないのでしょうか。

 

子供が遠方に住んでいる方はそんなに頻繁に会えないですし、

その場合子供を産んだ意味がないのでしょうか。

「子供は親のさみしさを埋める役割を果たすべき」という意識が根底にあるような気がして、私はあまり好きではありません。

 

 

そして、「後悔する」という発言はもっと嫌いです。

産まない後悔は、他の人生を選択した場合の後悔と比べて大きいものなのでしょうか。

人はどの選択肢を選んでも後悔すると思います。

「隣の芝生が青く見える」という意味で。

「産まない後悔」だけ特別なのでしょうか。

私にはよく分かりません。

 

母がよく言います。

「産まないと後悔する」って。

 

母の友人(母と同い年)で、キャリアを積んで50代で結婚した女性がいます。

その女性が若い頃(私が5歳ぐらい)、真っ赤なスーツを着て田舎町を闊歩していたのは衝撃でした。

目立つ目立つ。

でもよく似合っていたし、かっこいいと思っていました。

 

その女性が「私も子供を産んでおけばよかった」と言ったそうなんです。

だから私も後悔するはずだと母は言いたいようでした。

 

私は、単にその女性が母に気を使って言っているように感じました。

コミュニケーションの方法の一つである「自虐」を使って。

 

私みたいに「産む気がない」といえば、全方位から叩かれます。

その女性も同様に、「産む気がなかった。キャリアを築けて満足だ」とは言いづらいでしょう。

「私も子供が欲しかった」といったほうが安全です。

 

反対に「私は子供を産まなければよかった」という発言は絶対に糾弾されます。

人でなし扱いされることでしょう。

だから公には誰も言いません。

(女性でそう言っている人を見たことはありませんが、男性はよく言っている気がします。そして叩かれない。)

 

でも、「子供を産まない人生もあったのではないだろうか」ぐらいは大抵の人が考えるのではないでしょうか。

それくらい考えるのが当然だと思います。

ただ、それでもそういった発言をしない人の方が多いでしょう。

 

結局、発言は「内容の望ましさ」によってなされる頻度が違います。

「子供を産んどけば良かった」は言いやすいですが、「子供を産まなければよかった」は言いにくい。

それだけのことなのに、「産まないと後悔する」を正義のように振りかざされても困ります。

 

それに、子供を産むことが素晴らしいことだと本当に思っているなら、「子供を産んだらこんなに良いことがあるよ」という言い方をした方が有効だと思うのです。

 

なんで脅しのように、「寂しい」「後悔する」と人を責めるのでしょう。

必死に脅してくる人が恐ろしいです。

本当に必死で。

 

結局、そうやって他人を攻める人は、自分と同じ苦労していない人が許せないだけなのでしょう。

 

私は産まないことによって後悔するかもしれませんが、自分で決めたことなのでそれは自己責任です。