結婚のメリット 家族観について

結婚するメリットがないという意見を結構見かけるので、結婚に対する私の勝手な考えを書こうと思います。

たくさんある内の一つの考えだと思って読んでいただければ幸いです。

 

私は、結婚するメリットは

一つの世帯に労働力が2人分ある

ことだと思います。

(ここでいう労働力とは経済活動だけでなく、家事労働などの対価が発生しない労働も含みます。)

 

共働きならお金がためやすくなりますし、

どちらかが専業主婦(夫)になり分業制をとるなら双方が時間を作りやすくなります。

 

どちらかに病気や怪我があっても、世帯収入を0にしないこともできるし、

ケアをお願いすることもできる。

 

これはメリットだと思います。

 

ただ、こういう話をすると、「家族を労働力とみなすって冷たすぎない?」と言われます。

 

家族って元々は労働の単位。

家業や土地を守るための集団だったはず。

家族は全員ただの労働力でした。

 

近代では、家業をもつ家が少なくなり、家族の役割であった養育・教育・労働のうち、養育以外の役割は外注されるようになりました。(教育は学校へ、労働は会社へ)

 

役割が少なくなってきたことにより、心理的な要因(愛とか絆)で家族を拘束するようになった。

つまり、家族が愛とか絆とかで結ばれた集団とみなすのって、近代的な考え方です。

 

ただ、私は愛とか絆とかを否定しているわけではなく、それを強いることや前提として考えることには否定的な考えです。

 

愛や絆を当然のものと考えると「夫・妻なんだからこのくらいして自己犠牲して当然でしょ。家族だし」という発想につながりやすく、危険です。

 この域までくると、愛とか絆とかと言いながら暴力振るっているのとほぼ同義です。

 

(もちろん自分が「夫・妻のためにしてあげたい」という発想を持つのは素敵なことだと思います。私が否定しているのは「それは当たり前」だと考え、強制することです。) 

 

 「相手の労働には価値がある」ということを認めていれば私は十分だと思うのですが、これは冷たいのでしょうか?

 

殺人事件の約半数は家族間で起こっていることや、相続関係でもめる家族が多いから民法の相続編は詳細に規定されていることなどを踏まえると、愛とか絆とかで家族を語ることのほうが、私には無理があるように思えます。

 

というわけで、「労働力が二人分になったからできることが増える」と考える人には結婚のメリットは大きいと思います。

この考えが冷たいと思う人は他のメリットを探していただければと思います。