無職生活の思考の変遷

資格を取るために仕事を辞め、約1年が経ちました。

その後勉強に挫折し、資格取得を 諦めてからは悩んでばかりです。

立場上は専業主婦ですが、自分自身に生きる力が欲しいので、自分の適性についてグジグジ考えています。

あ、でもとりあえずクラウドワークスで在宅ワーク始めてみました。

crowdworks.jp

 で、思考の整理のために、仕事観について、自分がどういう思考の変遷を辿っているか書いてみたいと思います。

 

※「直接的な経済活動に参加していない」ということを言いたいので便宜上「無職」と言う言葉を使っていますが、「主婦は仕事ではない」という意味ではないです。

主婦業も大事な仕事ですが、私の目下の目標が「自分の適性について考え直してお金を稼ぐ方法を手に入れる」ということなので、そこはご勘弁ください。

 

①罪悪感にさいなまれる

 最初の頃は経済活動に参加していない自分はダメな人間なんじゃないかと思い始めました。

「働いていない」=「ダメ」っていう呪いにかかっていたんですよね。

 

②自分の存在が軽くなったような気がしてくる

 これ言い方が難しいのですが、

 「誰にも大して認識されていない自分って何?」

 「私って誰?」

  みたいな気持ちになりました。

 人って自分の置かれた立場に基づいて役割演技をしていて、それにアイデンティティが支えられているので、なんの役割も与えられていない、まっさらな自分を初めて意識した感じです。

 

③承認欲求が希薄になる

 私は元々承認欲求がものすごく高い方でした。

頑張ることが目的となっていたので、「頑張っているんだから認められたい!」という気持ちもセットでした。

他の人よりもできることを示したい、承認されたい→無理して頑張らなきゃ!というダメなループに陥っていたとも言えます。

ですが、しばらく承認されていないと、「承認されたり褒められたりしなくても、生きることはできるじゃん。じゃぁなぜ承認されたいのだろう?」

→「もしかして承認欲求が低いほうが楽しく生きていけるのかも」と思い始めました。

でもこれについては、また会社員をやることになったら承認欲求が出て来るのかもしれません。

 

④働くとは?を考える

 承認欲求が低くなると、「じゃあどういう仕事がしたいんだろう」と考え始めます。

「承認されなくてもいいなら何がしたいんだ私は?」という思考から、⑤に至るわけです。

 

⑤好き・興味ある・向いているのどれかを満たす仕事をしたいと考える

  私はガリ勉タイプだったので周りの人からは「勤勉」「努力家」といってもらえる機会が多かったと思います。

 それにもかかわらず、生きることが楽しくもなければこれといったスキルもなく30代になってしまっています。

 

まだ20代の頃、「行きたかった部署に異動になった!」と喜んでいる友人を見て、

「こんなに私は毎日辛いのに、あの子は喜んでいる…。あの子にあって私に欠けているものって何なんだろう…」と悩んだこともありました。

その答えが、「やりたいこと」を意識しているかどうかなんでしょうね。

その子は自分の適性を知っていた。

私はそんなことを考えたこともなかった。

その違いなんでしょう。そしてその違いは大きいです。

 

こんな幼稚なことを書いていて情けないですが私の迷走はまだまだ続きそうです。